地上では、ますます緊迫した状況が続いていた。
爆発で飛び散った瓦礫と、立ち込める煙の臭い。
出入口付近に姿を現した犯人グループの一人は爆弾を投げつけた後、銀行の中から人質の女性を連れ出し取り囲んでいる警察を牽制した。

「あひゃひゃ。いいかー?早く、金持ってきてくんないとオレ間違えて撃っちゃうよぉ?」

人質の女性の顔が恐怖に歪む。

「ひぃっ!!」

階下では、狂気に満ちた犯人の言動に、一歩も動けないでいる警官たち・・・。

「人質を放しなさい!!」

丸藤隊長が犯人に呼び掛ける声がビル屋上で待機している狙撃班へ微かに届く。





カイザーが犯人グループへ説得している声が階下から微かに聞こえる・・・。
出入口付近で対峙しているカイザーたちの混乱も、微かに聞こえてくる声から容易に想像できる。
だが・・・唸るような風音も騒ぎ立てる野次馬の声もオレの耳には届かなくなり・・・全ての音が遠のいていく。
代わりに、不安を煽り立てるように激しい心臓の鼓動だけがオレの中で木魂する。

「何かこっちに向かって言ってる見たいだが、分からないな・・・」

隣で身構える翔と万丈目にも何かを囁いた事は確認出来たようだ。
窓際の犯人が口にした言葉・・・それがオレの名である事は俺にしか読み取れていない。


(アイツの口の動きは、確かにオレの名前だった。アイツは、・・・一体何だ?)



『・・・俺だ!・・・聞こえるか?』

犯人の口の動きでオレの意識が占められかけた時、カイザーからインカム越しに連絡が入った。
カイザーの声を聞き、オレは我に返って返答した。

「はい」
『これから――・・・・・・を行う』





何だ?
肝心な所がノイズで聞こえない。

「?すいません、隊長。聞き取りにくいです」

これから『何』を行うんだ・・・。
何の命令が下される?
威嚇射撃か・・・それとも・・・?
インカムの受信音が鳴る。
あらためてカイザーの指示に集中する。

『・・・ら、とつ・・・を・・・・・・・・・』





「隊長?・・・・・・くそッ。何だ?」

何なんだ、この雑音・・・・・・。
オレのインカムに激しくノイズ音だけが鳴り響く。
クソッ!
とにかく、カイザーに再度聞き直さないと・・・。





その時、今まで激しく鳴り響いていたオレのインカムからノイズが消えた。
クリアな状態から一瞬伝えられた声。







『撃て』









狙撃命令!!

「了解!ターゲット、捕捉」
「おい、十代!」
「アニキ・・・!」



「ゲフッ!」
「ひぃっ!」

オレが放った銃弾が窓際の犯人の頭を貫通した・・・。
犯人の男は人質の女性を巻き込むように崩れ落ち、動かなくなった。


・・・。


「アニキ!どうしたの!?」
「貴様・・・何をしているんだ!」

翔と万丈目が驚いた様子でオレに詰め寄ってくる。

え・・・?
どうしたの?って・・・。
撃ち抜いたのは・・・オレ一人・・・なのか?

『撃て』というカイザーの狙撃命令。
混乱する意識の中、オレに詰め寄る翔と万丈目に割り込むようにインカムが音を立てる。

『・・・撃ったのはお前たちか』

インカムから聞こえる、カイザーの凍り付いた声・・・。
あの時聞こえた狙撃命令とは違う・・・?
カイザーじゃ・・・ない・・・。
血の気が引き、冷たい汗が全身から噴き出してくる。
オレが聞いた『撃て』という狙撃命令・・・。
あの声は・・・?

「オレが・・・撃ちました」

カイザーにそう告げるオレの声は、自分のものと思えない程乾いていた。
何が・・・、どうなっているのかは分からない。
だが、オレの銃弾によって現場の指揮が混乱しだしている。

『・・・そうか。今、犯人の一人が死んだ。これから、どうなるか分からない。覚悟しておけ』

カイザーは事実確認だけ迅速に済ませ、インカムを切った。
カイザーの声じゃ・・・なかった・・・。
・・・じゃあ、一体、一体誰の声だと言うんだ・・・?







「ふざけんな!誰だ!今タカを殺りやがったのは!」

犯人の一人が銃を打ち鳴らす。

「誰だっつってんだろ!?あぁ?」

オレの銃弾によって犯人グループが警備隊に対して無差別に乱射を始め出した。
突然仲間の一人を撃たれ、犯人グループは完全に逆上している。

「怯むな!応戦しろ!」

銃撃戦となった階下でカイザーが指揮を振る声が微かに聞こえる。

「わぁぁぁぁ!」

窓際の犯人を撃ち抜いた軌道から犯人グループの一人がオレたち狙撃班へ向けて乱射してきた。
オレたちを狙った銃弾が近くのアスファルトを翳めて火花を飛ばす。
ヒュインと空気を切り裂くような音と共に、銃弾がオレたちの頭の上を飛び越して行く。

「犯人にもボクたちの場所がバレたね」

浴びせかける銃弾の勢いが凄まじくなった。
これでは顔すら出す事が出来ない。
オレが撃ち抜いた一発の銃弾によって・・・40人の人質は勿論の事、前線にいたカイザー、そして前線部隊の隊員たち、群がっていた野次馬・・・。
この現場にいる全ての人々を危険に晒してしまった。
そして・・・原因を生み出した当の本人であるオレは身動きのとれないまま身を伏せる事しか出来ないなんて・・・。

「あぁぁぁぁ!」
「っ痛!ふざけやがって!」
「そのまま、手足を狙え!」
「くそぉぉ!」

犯人グループと、カイザー率いる前線部隊。
互いの銃から銃弾を放ち合い、生死を賭けた銃撃戦のサマが痛いくらいにオレを刺す・・・。
けたたましいマシンガンの銃声・・・。

「グアッ!」





「ギャァァァァ!」


!!


「伏せろ!お前たち!」

ッ・・・。
仲間たちの悲鳴が聞こえるたびに身を引き裂かれる思いだ・・・。
オレの・・・オレが撃ち抜いた一発の為に・・・。

「ウアッ!!」





カイザーっ!
今度は聞き違いなんかじゃない!!
撃たれた・・・のか?
くそっ・・・。
オレが原因のクセに、何も出来ずにいるなんて・・・。
カイザー・・・アンタに、もし・・・、もし・・・。

「グェェ!!」
「ゲホッ!!」
「ドゥア!!」
「グァァーーー!」


















「はい。こちらは、現場付近のバーバラです」

救急車のサイレンが鳴り響いている。

「機動隊との激しい銃撃戦の末、全員死亡という壮絶な結果となってしまいました。間もなく人質が解放されると思いますが、あっ!たった今、警備隊によって人質が解放されたようです」

報道陣が人質の中にいた一人に向かって駆け出す。

「アンデルセンさんの姿も見えます!アンデルセンさん!アンデルセンさん!凶悪事件に巻き込まれた感想は?」

マイクを突き出した女性レポーターが声を張り上げ聞き出しに掛かる。

「アンデルセンさんも拳銃を突きつけられたりされたんですか?」
「はい、もう、いいですにゃ!」
「あぁ!あ、アンデルセンさん!最後にテレビのファンに向かって一言!!」

マネージャーに邪険にされても負けじとレポートを続けるバーバラ。

「アンデルセンさん、ありがとうございました!現場から、私、バーバラがお伝えしました!!」




















爆発音と銃声が止み・・・犯人グループのわめき声も、人々の悲鳴も鳴りを潜めた。
それは怖いくらいに不気味な静寂だった。
立ち込める硝煙の臭いと、血の臭い・・・。
犯人グループが投げた爆弾によって銀行付近の一部のビルは見る影もなく崩壊している。
銀行に至っても激しい銃撃戦を物語るかのようにガラスは砕け散り、血痕が溢れかえり、どこかの戦場のような荒れ方だ・・・。
生々しい爪跡の残る現場には警備隊が配置され、野次馬の整理に四苦八苦している。
銃撃戦に終止符が打たれた後、ビル屋上から降りてくるように出されたインカム越しの指示は・・・カイザーではなかった。
オレは非常階段を駆け下りると、テレビのレポーターやら野次馬やらでごった返している現場を掻き分けて一直線にカイザーが率いていた前線部隊へと駆け寄った。

「カイザー!」

カイザーは救護隊の担架に乗せられているところだった。
普段の仕草からは想像も出来ない、血の気の引いた覇気のない顔・・・。
その右腕にはじっとりと血が滲み、制服の袖を赤黒く染めていた。
傍目にも、相当な出血量だと分かる。
オレが招いた銃撃戦によってカイザーが・・・。


声が・・・出せない。
謝りたい・・・いつものように厳しく怒られたい。
カイザーに声を掛けたいのに・・・。
始めて見る青白く悄然としたカイザーの姿に、駆け寄ったオレは震えながら立ち尽くし言葉を失ってしまった・・・。

「あぁ、遊城。・・・お前、何、命令違反しているんだ」

立ち尽くしていたオレの気配を察知してかカイザーから声を掛けてくれた。
オレに気遣い何事もなかったかのように・・・。
無理に明るく、いつものように・・・。

「カイザー・・・右腕・・・」

そんなカイザーの気持ちに応えたくて自分の感情を抑えようとするが、どうしても声が震えてしまう。

「心配するな。すぐ治る」

カイザーの優しさに今まで抑えていた感情が溢れだす。
オレが招いた銃撃戦で負傷させてしまったのに・・・当の本人であるオレは、屋上で身を伏せる事しか出来ずにいたのに・・・。

「おれ・・・オレ・・・」

目頭が熱くなり、視界が滲む。
カイザーに伝えたい言葉は山ほどあるのに・・・その言葉を声に出せない。

「大丈夫だから、お前は署に戻っていろ。・・・戻ったら、始末書の山だ」

カイザーはオレにそう言葉を残すと担架で運ばれていった。
遠のく救急車をいつまでも眺めながら・・・オレは何度も何度もカイザーの無事を祈っていた・・・。


・・・。


「・・・さぁ、ボクたちも帰ろう」

カイザーを乗せた救急車を見送ると、翔が頃合いを見計らって促してきた。